
唐突だが「ずぼら」について調べてみた。
「ずぼら」とは
しっかりしておらずだらしのないさま。行うべきことをしないような性格。
参考:weblio辞典
(https://www.weblio.jp/content/%E3%81%9A%E3%81%BC%E3%82%89)
目次
weblio辞典さんよ。なかなかお手厳しいですな。。。
なお、この定義はGoogle先生に「ずぼらとは」と聞くともっとひどい意味で即答されるw
- 行動や態度にしまりがない
- だらしない様子
- やるべきことをおろそかにする
- 適当に済ませる
- 責任感が欠如している
- いい加減な行動をする
うむ。かなりひどいことを言ってくれるじゃあないか。。。
社会的に見たら非常に良くない印象であるw
要するに、「信用できない人間」のテンプレートがほぼ全部詰め込まれているって訳だ。
一言でまとめると「最低」ってやつに該当するのであろうw
だが、世の中で最大最強であろう敵「めんどくさい」に打ち勝つよりも、できるなら「もうどうでもいい」つまり可能な限り「ずぼらでありたい」というのが大多数の人が一度は考えることではなかろうか。
もちろんそうでない賢人もいるのは確かであろうが、ずぼぬこではそんな素晴らしい人間は放っておく。だってそんな人間にはなれっこないものw
ということで「ずぼらに生きるために必要不可欠なこと」について。超長文だが参考のひとつとしてご覧頂ければ幸いだ。
さてずぼら。人としては最低の部類なのかもしれないが私が目指すものとしては最高だ。
ずぼらに暮らせたらどんなに素晴らしいものか。
ただ、ひとつ誤解の無いようにお伝えすると、生きるだけならずぼらに暮らすのは簡単かもしれない。住居も持たず、人と関与せず、ただただ生きるだけなら。
ずぼぬこではそのような暮らしではなく、ずぼらな上で、できれば人並み以上の暮らしが出来るような生き方を目指すことを追求していきたい。
ふざけた話だがそこんとこよろしく。
とは言え、そんなずぼらで優雅な生活が簡単に実現できるほど世の中はそんなに甘くない。
現実は最低限の生活をするだけでもお金が掛かるため働かなければならないし、働くためには人とも関与しなければならない。
ましてや人並み以上の暮らしとなれば当然人並み以上の稼ぎが必要となる。
それでも、その上でずぼらに暮らしたいという世の中をナメた考え方、つまりは我儘を言いたいのである。

