ずぼらに生きるために必要不可欠なこと (3/3)

まめ猫ぽん太
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目次

  1. 世間の印象と本音
  2. ずぼらで優雅に暮らす前提
  3. 現実:お金と我儘の両立
  4. 必要不可欠なこと1丁目1番地
    1. 不労所得
    2. 夢見る人は多いが、動く人は少ない
    3. やって諦めるほうが素晴らしい
  5. 必要不可欠なこと1丁目2番地
    1. 逆算と究極の2択
    2. 具体例:目標設定
    3. フローチャート(簡易)
  6. 必要不可欠なこと1丁目3番地
    1. とりあえず動け
    2. 小さく積み上げる
  7. 必要不可欠なこと2丁目1番地
    1. 失敗していい
    2. 失敗のダメージ設計
  8. 必要不可欠なこと2丁目2番地
    1. 無理に頑張らなくても良い
    2. 嫌なことは結果として良い
  9. 必要不可欠なこと2丁目3番地
    1. 仲間選びと切る判断
  10. 必要不可欠なこと2丁目4番地
    1. 結論:考える努力
  11. まとめ
 
 

と言うことで、これまでは実践に向けての話をしてきたが、次からは心構えの話。ということで2丁目に変わってその1番地。

これまで何かと厳しいことを述べて来たが、大切な心構えとして、物事は失敗しても良いってことだ。

私は「本当の失敗とは諦めた時」だと思ってる。そして「諦める」の意味は「人生を」という意味だ。つまり、「人生さえ諦めなければそれは失敗ではない」と言うのが持論だ。

人生を例えるならマラソンだ。マラソンの途中で転んだら終わりなのかと言えばそれは違う。また起き上がって走れば良いし、時には歩いたって良い。立ち止ったり寝転んだりしたって良い。究極はゴール出来なくても良いのだ。ただ、その時はゴールに向かって前のめりに倒れていたい。前向きであれば途中に失敗があろうと何があろうと全然OKなのだ。

物事一つに失敗したところで次に活かせば良い。それが出来れば失敗は失敗ではなくただの教訓に変わる。また、「次」というのは何も同じ事でなくても良いのだ。同じ事でなくてもその失敗は何かしらに活かせるはずだ。

ただし、失敗は失敗としてちゃんと受け止めよう。それが出来ないと「ただの無能」ということになってしまうから要注意だぞ。

 

また、失敗するにしても物事を進める最初の時にダメージを少なくしておくのも重要だ。

よくある事業の失敗例は最初に何百万、何千万と借金をしてから事業をスタートし、なかなか上手く行かずもうヤバいという状況で大した改善策もないのにズルズルと続けてしまい、借金まみれになって日々の日銭に追われ他に何もできなくなってしまう。

このように、いよいよダメになって、にっちもさっちもままならなくなってやっと辞める事だ。このような場合は、残った障害がありすぎて新たな活動さえ出来なくなってしまう場合が多いから要注意だ。

そして、その辞めれない理由として多いのが、「今まで頑張って来たのにもったいない」という理由。私からすれば、もったいないというだけで意味も無く続けるほうがよっぽどもったいないと思うし、実際に時間も金も余計に失ってしまう。

最初は手持ちの資金の内、致命的にならない程度で出来ることにしておけば、例え辞めるにしてもダメージは少なく済む。また、そうしておけばいざという時にいつでも辞める事が可能だ。

そしてヤバくなったら傷口が広がり過ぎる前にさっさと手を引くこと。そしてさっさと別の事をやる。それが結局は一番良い方法が見つかる最短の近道だと思う。

私もたくさんの失敗をしてきたが、結局これが一番良いということが自分を見ても、他人を見ても実感していることだ。間違いなかろう。

 
 

2丁目の2番地は、常に気を張って倒れるほど頑張らなくても良いってことだ。

人間いつまでも気を張り詰めていると気に病むこともあろう。なので何もそこまで追い詰める必要は無いし、倒れたら元も子もないので無理はほどほどに。

 

また、考え方の話だが私から皆さんにお伝えしたいことは、「嫌なことは実は良いことである」ということだ。

これはポジティブに捉えるとかではなく、実際に嫌なことが起きても「人生を諦める」ことさえしなければ「その問題自体を解決する」もしくは「時間が解決する」のいずれかで今まで乗り越えて来ているはずだ。恐らく、後者のほうが大多数であろうが考えてみてくれ。

例え時間が解決したとしても、その嫌な事が起きる前と終わった後では後者のほうが成長しているはずだ。逆に何も嫌なことが起きていなければ成長もなくそのままである。では、どちらが成長しているかと言えば嫌な事が起きた場合のほうが成長していることになる。

再度同じ事が起きても「あー。前にもこんな事があったね。じゃあ今回はこうしとこ」のように問題は小さくなっているはずだ。つまりは成長している。成長しているってことは良いことである。結局、嫌なことは(結果、成長するので)良いことである。ということだ。異論は認めないw

とは言え、私も実際に嫌なことがあれば、その時は「マジすか?勘弁してくれよ」みたいに嫌だと思う。「ああすれば良かった」とか後悔もするし反省もする。ただし、そんなもんは5分もあれば充分。ちゃんと受け止めて「また俺成長しちゃうの?ラッキーじゃん♪」くらいに思って、さっさと次にいくのが建設的だ。

ただ、ここで注意すべきは起きたことは全て自分の責任ということだ。結局最終的に判断したのは自分である。他人に責任転嫁すべきではない。責任転嫁をしていると一切成長しないぞ。

とは言え、「自分の責任」と聞くと重大な気がするだろうが、実は大したことは無いということに着目だ。自分がしてきた事なんて高が知れている。それくらいの責任なので背負っても致命的なものなんてほぼほぼ存在しないはずだ。そんなに重く捉える必要はない。なので、2丁目1番地の「失敗のダメージを少なくしておく」というのが重要なのだ。

ということで、倒れるほど無理をして頑張り過ぎないように注意してくれ。

 
 

そして2丁目の3番地。仲間は慎重に選び、ダメな奴はすぐに切れ。ということだ。

ただ、申し訳ない。
人間関係は、ずぼらに生きる上で無視できない重要な要素だが、同時に非常に複雑で奥が深いテーマでもある。

正直に言えば、ここにはまだまだ言いたいことが山ほどあるw
だが、この話を掘り下げ始めると、それだけで一つの記事として成立してしまう。

ということで、仲間選びや距離の取り方についての考え方は別記事で詳しく述べることにする。
詳細はそちらをご覧頂くとして、簡単にまとめると。

  • 仲間選びを「何かをしてくれる/してくれない」で判断してはいけない
  • 大切なのは、価値観や考え方が近い、もしくは違っても互いを理解・尊重できる関係
  • 会う頻度よりも、一緒にいて気を遣わず自然でいられるかどうかが重要
  • 仲間は問題解決要員ではなく、「気持ちを理解してくれる存在」で十分
  • 未来について建設的な話ができる関係は、人生を前に進める力になる
  • 反省や教訓のない過去話ばかりの関係は、基本的に成長につながらない
  • 仲間は数より質。多くても1〜2人いれば十分
  • 明らかに学びも生産性もない相手とは、同じ土俵に立つ必要はない
  • 切るといっても敵を作る必要はなく、静かに距離を置くのが最善

ということだ。

ここではひとまず、「ずぼらに生きるためには、人間関係もまた“考えて選ぶ対象”である」という点だけ覚えておいてもらえれば十分だ。

 
 

そしてこれが最後。2丁目は4番地まであるぞ。

心構えのまとめとして、何よりも1番大切なことは、ずぼらになりたいなら”考える”努力をしろということだ。

努力は大変だが、”考え”によって努力を簡単にする工夫ができるのだ。

また、努力は大切だが、間違った努力をしても全く意味が無い。例えるならプロ野球選手になりたい人が麻雀の勉強を努力するようなものだ。

本当の意味でも努力とは「考えること」なのだ。それを理解してさえいれば、何を努力すれば良いのかが明確になるし、時には努力を努力と思わなくなることもある。

 

色々と偉そうに述べて来たが、とは言え私も人付き合いだってたくさん失敗しているし、何なら下手なんだと思う。

そして先にも述べた通り、やるべきことをやらないなんてのは日常茶飯事であり、失敗もたくさんしている。
でも、そんな時は「まぁ俺なんてそんなもんだよね」くらいで笑って流してしまおう。

やる時はやる。遊ぶときはめいっぱい遊ぶ。で、気楽にやるのも大切だ。

だって所詮自分なんてずぼらに優雅に暮らしたいなんてことをほざいているクズだもの。
それこそずぼら道である。

と、オチを付けたところで「ずぼらに生きるために必要不可欠なこと」は以上で締めさせて頂く。

最後に、「で、具体的にどうすんのよ?」って思うでしょ?w
ちゃんと、下部の関連記事に用意していますがな。

「不労所得を得るには」

を、ご覧頂ければ幸いだ。

ってことで長々とご覧頂きありがとう。ではまた。

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必要不可欠なこと1丁目1番地

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まめ猫ぽん太

ずぼぬこ編集長兼責任者

元暴走族。職歴はカオス、信用情報に何度か深い傷を付け、いわゆる「社会不適合者ルート」を一直線に進んだ過去を持つ。

キツさと汚さと危険という素敵なハーモニーを奏でる汗と力の世界。渇きと欲望が入り混じるお水の世界。天国と地獄への分岐点である運と確率の世界、〇〇と□□の...

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